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Wikipedia (3)

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 真澄は煙草を吸いながら、黙ってマヤの様子を窺っている。
 沈黙が続いたが、苦痛ではなかった。マヤの胸は甘く切なく疼き、トクトクと脈打っている。
 不意にマヤは口の端を綻ばせる。カップをテーブルに置いた。真澄が会話を待っているような気がした。
 思ったとおり、彼はすぐに彼女の手をとった。
 掌に文字が綴られる。
 『何か、面白いことでも思い出したのかな?』
 「いいえ。こうして、紫の薔薇の人と一緒にいられることが嬉しいんです。
  私、ずっと、前からこうしてあなたにお会いしたかったんです。
  長い間、どんなときも見捨てず応援してくださって、すごく励まされました。
  あなたがいてくれたから、私はここまで来ることができました。ありがとうございます。
  本当に、ありがとうございます」
 言っているうちに涙が溢れてきて、感極まって語尾は殆ど声にならなかった。
 下げたマヤの頭を、大きな手が撫でた。何度も何度も優しい手つきで撫でた。
 掴まれたままの左手に、指先が触れる。
 『あなたに、紫の薔薇を初めて贈ったのは、あなたが中学生の時だった。
  幼かったあなたもいつのまにか成長し、紅天女が演じられる女優にまでなった。
  我がことのように、嬉しく思っているよ。あなたを誇りに思う』
 マヤは彼の手を握り返すと、引き寄せて自分の頬を摺り寄せた。
 「紫の薔薇の人……」
 愛しています。その言葉をマヤは飲み込み、吐息をついた。
 彼は黙って、もう片手でマヤの髪を優しく撫でるばかりだった。
 彼女の右手に、彼は小さな塊が乗せる。左手にそれがチョコレートであることを教える。
 『有名なショコラティエが作ったトリュフだ。食べてみて』
 マヤは手に乗せられた塊を口にいれた。
 口いっぱいに入ったチョコレートをこぼさないように、唇をキュッと閉じて、マヤはもぐもぐと食べた。
 ほろ苦く濃厚なチョコレートの甘さに、マヤが自分の頬に右手を当てた。
 『おいしい?』
 マヤは大きく頷く。手にカップが渡され、その流れのままミルクティを飲む。
 なんともいえない贅沢な味わいにマヤはうっとりする。
 「こんなに美味しいチョコレート初めて食べます」
 彼女の右手に、彼はまたチョコレートを乗せる。
 『どうぞ、お姫様』
 マヤは急に肩をすぼめて、恥ずかしげに俯いた。
 「ありがとうございます」


 真澄は昨日のマヤとのやり取りを思い出して溜息をついた。
 別れ際に、真澄はマヤに携帯電話を渡した。
 必要であれば紫の薔薇の人としてまた会うといって。
 その携帯電話をマヤは胸に押し当てて、無言で頷いた。
 恋人といっても、目隠しをして終始ただ、他愛無い話をして終わっただけだ。
 それが、マヤの演技の役に立ったかどうかは、真澄にも疑問だ。
 真澄が偽りの恋人をマヤに申し出たのは、単なる嫉妬からだった。
 ほんの一時でも、ままごとのようなやり取りであったとしても、マヤの傍にいたかったのだ。
 だが真澄は後悔し始めている。
 マヤへの想いが今まで以上に募る。
 もう一度、あの閉鎖された空間で思う存分にマヤを見つめ、手に触れたくなる。
 時間を追うごとに想いは募る。
 
 マヤも同じだった。もう会ってはいけない。
 そう思うものの真澄に会いたくて堪らなくなる。
 もらった携帯電話に着信音がなることはない。マヤも使うことはない。
 それでもどこへ行くにも持ち歩き、思い出しては触れてみる。
 稽古を終えてキッドスタジオを出たマヤは、地下鉄に乗った。だが、家とは逆の方向の電車に乗った。
 行き着いた目の前のマンションを見上げる。
 先日訪れた真澄のプライベートマンションだ。
 会えるとは思っていない。マヤはマンションの玄関口から最上階を見上げる。
 そこからでは部屋に電気がついているかどうかも分からなかった。
 その場から離れられず、玄関前の片隅の壁にもたれて、彼女はいつまでもそこにいた。
 どれぐらいたっただろうか、壁から離れて、ようやく帰る決心かついた。
 後ろ髪を引かれながらも、駅へと向かう。
 黒いスポーツカーが一台、彼女の脇を低速で通り過ぎていく。
 下を向いてマヤがとぼとぼと歩いていると、先ほど通り過ぎた車がUターンして戻ってきた。
 パワーウインドウが開き、声をかけられる。
 「自宅まで送ろうか?」
 ナンパだと思って無視しようと思っていたマヤは、聞き覚えのある声にドキッと鼓動を跳ねさせ振り返った。
 「速水さん」
 運転席に座ってハンドルを握っている真澄は、車を止めて降りてきた。
 「もう9時前だぞ。こんなところで、こんな時間まで何をやっているんだ?」
 厳しい口調で真澄は叱りつけた。
 マヤは悲しくなってきて、目に涙をいっぱいに溜めた。
 「あなたがどうしてそんなに怒るんですか?私はもう子供じゃありません。ちゃんと自分で帰れます」
 駆け出して、真澄の横をすり抜けた。
 だがその手を真澄に掴まれる。
 「待て」
 「放してください」
 「怒って悪かった。こんな時間に一人で帰らせられない。送っていくから、乗りなさい」
 真澄が助手席の扉を開いて乗るように促すが、マヤは俯いたまま乗ろうとしなかった。
 「乗る気がないのなら、マンションへ来るか?」
 思わぬ誘いに、マヤは弾かれたように顔を上げた。
 真澄の瞳とぶつかり、マヤはまたすぐに、俯いた。
 帰らなければいけない。そう思うのに口は勝手なことを言う。
 「少しでいいんです。紫の薔薇の人に会えますか?」
 「君が望むなら」
 真澄は静かに答えた。
 



 【NEXT】


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いらっしゃいませ、ミスティ様!!

 「綺麗な文章」だなんて言われたの初めてです!お世辞でも感激です!
私はもう小説を書き始めて10年くらい経ってますが、なかなか上達せず。
 ミスティさんが小説を書き始めたばかりというのは驚きです。どのお話も上手に纏められているし、文章も読みやすいし、何より毎日更新されている。しかも最後まで話が仕上がっていない状態で、どんどん更新されているとか。私には到底真似できない素晴らしさです!ミスティさんがオリジナルを書かれたら、是非拝読させてもらいたいです。楽しみにしてますねv-238

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