FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

温もりを抱きしめて (6)

温もりを抱きしめて(6)




真澄のいなくなった屋敷で、紫織は何もする気になれずに自室へと入る。
倒れるようにしてベッドへと横になった。
自分の腹部にそっと手を当てる。
「検査結果を見る限りでは、妊娠は難しいでしょう」
そう言ったのは主治医から紹介された産婦人科医だった。
一年前のことだ。
結婚を前にメディカルチェックを受けておくべきかと思い、紫織は誰に相談するわけでもなく、自ら進んで検査を受けたのだった。
まさか自分が妊娠しにくい体質だとは思いもしなかったのだ。
ただ、病弱でも女としての自信を得たいが為に受けたことだった。
検査など受けなければ良かったのだ。
後悔したところで変わりはしない結果に、紫織は愕然とした。
更には、結婚後自分に触れようとしない真澄の態度が、追い討ちをかける。
愛想笑いさえも見せなくなった真澄の冷然たる視線に絶望さえ覚えた。
何もかもが虚しく、自分がなぜ速水家にただ一人でいるのかさえ分からなくなってしまう。
紫織は枕元に手を伸ばす。
緋色のベルベットのケースを掴み取ると蓋を開く。
開いた瞬間、大粒の宝石が光を反射して輝きを放つ。
10カラットのサファイアの指輪を、紫織は掌に乗せた。
婚約のときに真澄から贈られたその指輪を見たとき、紫織はこれまで生きてきてこのときほど幸福を感じたことはなかった。
そして、その幸せがこの先もずっと続くのだと信じた。
なのに……。
あの女さえいなければ……。
こんな不甲斐無い身でなければ……。
けれど、確かに真澄は捨ててくれたのだ。
紅天女の試演前、紫織は真澄の心を染める紫のバラの存在に気づいて激しく嫉妬した。
真澄の心から北島マヤの存在を消したくて、紫織は伊豆の別荘からアルバムと卒業証書を盗み出した。
そして引き裂いたものを紫のバラのひとと偽ってマヤに送りつけた。
それから一週間後のことだった。
真澄と食事をした後で、見せたいものがあるからと、彼が車のトランクを開いた。
そこには見覚えのある箱が一つだけ置かれていた。
手を伸ばし、真澄が箱の蓋を開く。
見ずとも紫織はその中に何が納められているのか知っている。
憎悪に支配されて、手が痛くなろうともなお引き裂き続けた写真をその中に投げ込んだのだ。
紫織は凍るように冷たくなる指先をもう片手で撫で摩り、胸に押し当てる。
息を呑んだとき、箱が開かれる。
入っていたのは、写真ではなかった。
一輪の白い蘭がそこに納められていた。
そこから花を取り上げると、真澄は笑顔でこう言った。
「あなたが心配することなど何もありません。いつまでもこの蘭のように毅然としていてください」
彼の目は笑ってなどいなかった。冷たく、何もかもを見透かすようだった。
甘言の裏に隠された意図を、否応なしにつきつけてくるようだった。
紫織は震える手で花を受け取った。
以来、探偵事務所に調査を依頼しても真澄が北島マヤに紫のバラを送っている事実は上がってこなかった。
北島マヤは図らずしも紅天女を失い、真澄は予定通りに夫となった。
何もかもが紫織の望むとおりに回っている。
幸福を掴んだはずなのだ。
けれど、幸せを感じることはできなかった。
それどころか、虚しさばかりが心に影を広げる。
愛する人と結婚したというのに、その愛しい人はいつも遠い。
同じ屋根の下に住んでいるというのに、触れることさえできない。
結婚当初こそ、再三真澄にそばにいてくれるように頼んだが、上手くかわされるばかりだった。
次第に真澄にそんなことを言うことさえ躊躇われるようになった。
振り向いてもらえないことに嘆いている間は、まだ良かったのかも知れない。
今ではもう涙さえ出ない。

部屋に差し込む光が煩わしく、使用人が開けたであろうカーテンを閉めに行く。
再びベッドへと戻ると、また横になる。
温室のことが脳裏に過ぎった。
鷹宮の実家で育てていた蘭を、嫁ぐときに速水邸へと移した。
義父の英介が紫織の為に用意してくれていた温室へと鉢が運び込まれたとき、その温室いっぱいに蘭を増やそうと心を躍らせた。
だが、いつの間にか花を増やすどころか世話をしに行く気にもなれず、次第に足は遠のき、今では完全に使用人に任せている。
部屋から出る気になれなかった。
今朝は久しぶりに気分が良く、部屋から出ることができた。
それはここ数ヶ月から考えれば珍しいことだったが、そのときの真澄の態度を思い出すと気分がどこまでも沈んでゆく。
やせ細った左手首には三本の傷跡が残っている。
リストカットだけではない。
首吊りや飛び降りもある。
首吊りはすぐに使用人に発見され、飛び降りは二階から庭先に下りたために軽症で済んだ。
そして三週間前には睡眠薬を大量に服用した。
目が覚めれば夫がいた。それが嬉しかった。
そんな行動を、医者は精神を患っていると診断するが紫織は納得していない。
今朝のことなど些細なことだ。
すぐに忘れて、きっと夜も夫の帰宅を出迎えられる。
紫織はそう思うと、微笑んだ。




「やあ、ちびちゃん、お疲れ様。撮影は順調なようだな」
いきなり楽屋に現れた速水真澄に、マヤはギョッと見開いて顔を引きつらせた。
「は、速水さ……速水社長、何でこんなところに」
背後の壁にもたれた真澄は軽薄に笑うと煙草を取り出した。
「誰もいない。他人行儀な呼び方はよせ」
マヤは平静を取り戻すと、鏡越しに映る真澄に挑むような視線を向ける。
「強要しないで下さい。社長と馴れ合う気はございませんから」
煙草に火をつけようとしていた真澄の手が止まる。
火をつけずに煙草をしまうと、マヤに歩み寄る。
マヤは振り返る。
ふわりと漂うコロンの香りがマヤの鼻腔を掠める。
上質なスーツの生地が視界を遮るように間近にあった。
見上げれば、真澄の顔が待ち受けていた。
今にも触れそうなほどの至近距離に、マヤは息をするのも忘れる。
見下ろす瞳が逃れることを許すまいと威圧する。
「なぜ、連絡をくれない」
マヤは真澄の胸を押し返しながら、彼の唇に触れることを恐れて顔を逸らす。
「な、何のことですか?連絡なら、雪村さんがしているはずですけど」
退く気配もなく、真澄は胸に当てられたマヤの細い手を掴み、低い声音で迫る。
「とぼけるな、君が脱いだ水色の下着の上にメモがあったはずだ」
生々しい台詞にマヤは顔をしかめる。
もがくようにして真澄から逃げると怒鳴った。
「そんなもの知りません。私をからかうのはやめて下さい」
「……本当に知らないのか?」
「知りません」
マヤは真澄を睨み付ける。
「嘘だ」
短く呟いた真澄は、信じられないというように呆然と立ちつくしてマヤを眺めた。
「嘘なんかついてません。もう私に構うのはやめて下さい」
「……」
真澄が口を動かした。
だが、あまりにも小さな声は、マヤの耳には届かなかった。
長身がふらりと大きく揺れたかと思うと、まるで実体のない幽霊のように、冷気を漂わせながら真澄が静かに楽屋を出て行った。
扉が閉ざされると同時に、マヤは崩れるように床に座り込んだ。
全身の力がまるで重力に引きずられるように落ちていくようだった。




マネージャーから合鍵を受け取った真澄は、その鍵で誰もいない部屋に侵入した。
足音を忍ばせて部屋の奥へと進む。
薄暗い部屋のベッドの上には、寝息を立てて小柄な女が横になっている。
溜息をついて寝返りを打つ様は、真澄の鼓動を高鳴らせていく。
もう見ているだけでは自分の欲望を抑えられなかった。
触れるだけでも足りることはない。
たった一度の甘美な一時は、真澄の理性を脆くも砕いてしまった。
もはやその理性を拾い集めたところで、欲望を抑える壁へと築き上げることはできない。
愛しい人を得る為なら、もはや何を失っても惜しくはなかった。
地位も名誉も財力も、名前さえも煩わしいだけ。
この身一つで、彼女の全てを奪いたい。
纏っているものを全て脱がし、己も衣服を脱ぎ捨てる。
彼女が忘れたというのなら、思い出させるまでのこと。
二度と忘れることなどないように、体中に愛の証を刻めばいい。
マヤの唇に己のそれを重ねる。
細い腕が伸びてきて首に絡められる。
耳元でマヤが囁く。
「愛しています、速水さん」
抱き締め返そうとして、がくりと肘が落ちた。
真澄はハッとして目を開けた。
明るかった。
今しがたまで触れていた愛しいマヤの姿はどこにもない。
目の前にあるのはベッドではなく書類とパソコンが置かれた机だった。
どうやら仕事中に居眠りをしていたらしかった。
真澄は額に手を当てて無情な現実に愕然とする。
仕方なしに書類を手にして文面を見下ろすが、いくら読んでも頭に入らない。
マヤの面影を消そうとしない脳が他の事を拒絶する。
コーヒーを飲もうにも、秘書を呼ぶ気にもなれず諦める。
リモコンを取ると、気分転換に部屋の片隅にあるテレビをつけた。
奇しくもアップで映った映像はマヤの顔だった。
真澄は夢心地で胸を熱くして高鳴らせた。
何かのイベントらしく、雛壇に立つマヤに幾つものマイクが突きつけられている。
ちょうどインタビューは終了したのか、マヤがスタッフに促されて雛壇から降りようとしていた。
そこへ一人のリポーターがここぞとばかりに質問する。
「北島さん、藤咲さんとの交際は順調ですか?」
スタッフが答える必要などないというように、無言でマヤの背を押して促す。
だがマヤは、その質問をしたリポーターを笑顔で振り返った。
「順調ですよ」
言い終わると同時に、液晶テレビのモニターに灰皿が直撃する。
モニターがその衝撃で後ろへとガタガタと派手に音を立てながらラックから落ちた。
黙って見ていられず、真澄は気づくと衝動に駆られて手近にあった灰皿を投げていたのだ。
遠くから駆けてくる靴の音が近づいてくる。
やがて、ノックもなしに部屋の扉が勢いよく開けられる。
「社長、いかがなさいましたか?」
形相を変えて飛び込んできた秘書に、真澄は言いつける。
「雪村君と、藤咲涼のマネージャーの川崎君を呼んでくれ。それから……」
冷淡にそういうと、モニターが失われたラックに視線を移す。
ラックの影に、テレビモニターの脚が覗いている。
本体はその後ろで、無残に転がっていた。
「処分して、新しいものと換えてくれ」
「真澄様……一体……」
水城冴子が顔を強張らせて立ち尽くす。




【NEXT】




1月17日付けで、1話から6話のほんの一部を加筆修正いたしました。
スポンサーサイト

comment

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

1月6日にコメントを下さったあなた様へ

あけましておめでとうございます。
新年早々、熱いお言葉を下さり本当にありがとうございます。
お返事が遅くなり、すみません。
連載を滞らせてしまっていることをとても心苦しく思っております。
期日をお約束できないのがホント申し訳ない限りです。
ですが、必ず続きを書きますので、また遊びに来てやってくださいませ。

待っています

コメントを返してくださってありがとうございます。
こんなに心惹かれる連載も久しぶりです。

気長に続きをお待ちしております。
よろしくお願いします。

寒いですので、お体に気を付けてくださいね。

あおみ様へ

こちらこそ度々のコメントを下さりとても感激しました。
お待ちくださるあなた様にも応えられるよう、連載再開に向けて、本日17日より既に掲載しております内容の粗探しと確認作業に入りました。
近日中には続きをUPできると思います。

今年は厳しい冬になりました。
あおみ様もどうぞご自愛くださいませ。
Secret

一次創作小説サイト様

◇月下の恋姫様 月下の恋姫

ガラかめ二次創作サイト様

◇ミスティ・トワイライト様 ミスティ・トワイライト様 ◇銀紫堂様 銀紫堂様 ◇虹色円盤様 虹色円盤様

リンク

めっちゃ便利♪

らくらくショッピング~ ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆ *.・。+.・。*.・。+ *.・。+.・。*.・。+ ・。+*.・。+.・。*.・。+.・。 ・。+*.・。+.・。*.・。+.・。 グルメパス ・。+*.・。+.・。*.・。+.・。 どうですか~
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。