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温もりを抱きしめて (4)

温もりを抱きしめて (4)



「藤咲さんはただの共演者で二人だけで会ったこともないんですよ。それに、スキャンダルになるのが嫌だから日頃から言動には気をつけてるのに、……なのに、こんなのってあんまりだわ。黒沼先生だって酷いと思うでしょ?」
注がれたビールを一気に煽ると、マヤは乱暴にグラスをテーブルに置いた。
隣に座る黒沼はやれやれと溜息をつく。
黒沼はその日仕事を終えていつものように行きつけの屋台に一人できていた。
そこへふらりとマヤがやってきて、一緒におでんを摘んでいたのだ。
黒沼は日本酒を飲み、マヤにはビールを勧めた。
話題はお互いの仕事の話から始まり、演技の話で盛り上がった。
酒が進むにつれてマヤの口から週刊誌に取りざたされた話に及んだ。
「気にするな、それだけおまえさんが脚光を浴びてるってことだろ?」
「どうせ、私なんて紅天女を掴み損ねた三流女優ですよ。使えるだけ使って捨てる気なんだわ」
テーブルに突っ伏してマヤが泣き出す。
先刻からずっとこの調子で黒沼が何を言っても聞く耳を持たず同じことを繰り返していた。
どうしたものかと黒沼は頭をかくと、煙草をくわえたままで携帯電話を取り出した。
この状況を解決してくれそうな人物に通話を試みる。
コールの後、電話が繋がった。
「はい、速水です」
「ああ、若旦那か。今、あんたんとこの女優に絡まれてて困ってんだよ。なんとかしてくれ」
大都芸能の鬼社長と渾名される速水真澄に、黒沼はいつもの調子でそう言った。
無愛想に電話に出た真澄がそれを聞いて笑い出す。
「黒沼さんに絡むなんて大した度胸の持ち主だ。一体誰です?」
「来れば分かるさ。いつもの屋台だ。出てこれるか?」
「ええ、今ちょうど仕事が片付いたところです。黒沼さんのお呼びとあらば行きますよ」
「よろしく頼む」
携帯電話をポケットにしまうと、黒沼は屋台の親父にウーロン茶を頼む。
コップに注がれたウーロン茶を受け取ると、それをマヤの前に置く。
「まだ寝るなよ。今、おまえの迎えを呼んだ。これでも飲んで待ってろ」
ムクリと顔を上げたマヤは、半分閉じかけた目で不服そうにウーロン茶を睨んだ。
「えー、嫌ですよ。まだまだ帰りませんよ。黒沼先生だってまだここにいるんでしょ?」
「もう少しな」
「だったら、私もここにいます。それに明日はオフなんです。今日はとことん付き合ってあげますよ」
「つき合わせているのは、俺じゃなくておまえだろうが。若い娘がいつまでもこんなところにいるんじゃない。迎えがきたら引きずってでもつれて帰らせるからな」
「そんなこと言わないで、もう少しでいいですからここにいさせてくださいよ。帰ってもどうせ寝るだけなんですから」
マヤは俯いて肩を落とした。
「新しい恋でも探したらどうだ?」
「そういうの、嫌なんです。今は、仕事のことだけを考えていたいんです。大都には迷惑かけたから……。こんな私でもまた必要としてもらえたから……頑張りたいんです」
「言っとくが、俺は北島が姫川亜弓に負けたとは思っていない。今でも、あのときの紅天女は最高の出来だったと自負している。そのおまえが三流の女優だなどというやつは俺が許さん」
「黒沼せんせー」
立ち上がったかと思うと、マヤがいきなり黒沼の首に抱きついてきた。
「やめろ、抱きつくな」
あわや黒沼は押し倒されかけて、辛うじてテーブルを掴んだものの、加えていた煙草を落としてしまう。
アスファルトへと、落ちた煙草を伸びてきた手が拾い上げる。
「黒沼さんも隅に置けませんね」
人の災難を楽しむような物言いで暖簾をめくり上げたのは、益々男に磨きをかける若き青年実業家だ。
黒沼はマヤを引き離しながら、助け舟とばかりに安堵する。
「冗談言ってないでさっさとつれて帰ってくれ。さっきからこの調子でこっちはまいってんだ」
マヤは起きているのも限界なのか、目を閉じたままふらりとまたテーブルに突っ伏した。
真澄は所属事務所の女優を見下ろして、特に驚くこともなくマヤを眺めている。
「やはり北島でしたか。厳しい稽古で恐れられる黒沼将軍に絡む女優と聞いて、彼女しか思い当たりませんでしたよ」
黒沼は真澄を強い視線で凝視する。
「若旦那、北島はもうあんたんとこの女優だ。どうしようが自由だ。だが、こいつの才能に惚れ込んでるのはあんただけじゃない」
胸ポケットから財布を取り出した真澄は、万札を取り出してテーブルに置いた後、マヤを抱えて立ち上がらせた。
「承知しています。こちらとしても、やっと取り戻せた金の卵ですから、みすみす潰すような真似はしませんのでご心配なく」
「頼むぜ」
屋台を出たところでマヤが真澄の腕からすり抜けて崩れ落ちる。
それを見かねた真澄がマヤを腕に抱き上げた。
暖簾を上げてその様子を見ていた黒沼は、マヤを見下ろす真澄の思いつめた表情を見逃さなかった。




助手席に乗せたマヤは、気持ちよさげにシートにもたれて眠っている。
黒沼に言われた台詞が頭をよぎる。
『若旦那、北島はもうあんたんとこの女優だ。どうしようが自由だ。だが、こいつの才能に惚れ込んでるのはあんただけじゃない』
真澄とて好んで、事実の伴わない熱愛報道をさせたわけじゃない。
藤咲涼は遅咲きだが、短期間で実力を伸ばしてきた期待の大型新人だ。
その売り出し目的だけならば、真澄は決して許さなかっただろう。
そこには他ならぬドラマの製作側からの強い要望があったからだ。
マヤの知名度を更に確固たるものにしたい、という気持ちが、真澄の中には少なからず存在していたことも確かだ。
当人たちにその気がないことは、両マネジャーから報告済みだった。
宣伝のための交際など、連続ドラマの放送終了と共に、二人の関係も終わるのだ。
単なる話題づくりと、真澄はマヤの意向も確認せずに了承した。
運転席に乗り込んだ真澄は、ハンドルを握る左手に視線を落とした。
薬指にはプラチナの指輪がはめられている。
神の前で、真澄は鷹宮紫織と愛を誓ったのだ。
そこに真実などありはしない。あるのは義務のみ。
指輪で繋がれた自分はもはやマヤに触れることもできない。
いっそう、恋人でも作ってもっと遠くへ行ってしまえばいいと思ったのかもしれない。
急激に冷え切る胸の内を紛らわすように、真澄は愛車を走らせた。
その隣でマヤが動く。
「あれ?速水さん?えっと私、黒沼先生と飲んでた気がするんですけど?」
気がついたらしく、だるそうに聞いてくる。
真澄は顔を引き締めて厳しく叱る。
「その黒沼さんから連絡を受けて俺が迎えに行ったんだ。相手が黒沼さんだったからいいものの、これが別の男だったら君はもう少しで過去の再現をするところだったんだぞ。自分がどれだけ軽率なことをしているのか分かっているのか」
「そんなお説教なんか聞きたくありません」
狭い車内で怒鳴ると、マヤは拘束するシートベルトに手をかけた。
それに気づいた真澄は慌てて手を伸ばして遮る。
「何をする。走行中だぞ。君は死ぬ気か?」
チラリと横目で盗み見たマヤは、拗ねて唇を尖らせていた。
アルコールに酔ったままの顔は未だに赤く、目は潤んで瞼は半分下りている。
子供のような仕草でありながら色気を漂わせるマヤに、真澄はドキリとさせられる。
マヤは反論を諦めたのか、大人しく車窓の流れる景色を眺めていた。
真澄も何も言わずに運転する。
操作をしながらその日社長室へとやってきたマヤを思い出す。
久しぶりに会ったマヤは、テレビで見るよりもずっと美しかった。
試演前に紫のバラのひととして別れを告げてからも、真澄はマヤのことを一日たりとも忘れたことはない。
マヤを忘れることができないことはとうに嫌というほど身にしみている。
ならばせめて、募る思いに何重にも鍵をかけて、時と共に熱が冷めることを待つしかなかった。
まともに顔を合わせることを避け続けて1年がたち、マヤと冷静に向き合えるだろうと甘く考えていた。
まさか再開した瞬間に、錠が鍵を待たずに風化して崩れ落ちるなどとは思いもしない。
冷めるどころが、以前にも増して胸を焦がす熱情が、己の選択を一瞬で後悔させる。
時を遡り、紫織を選んだことさえも後悔するほどだった。
社長室で、それを決してマヤにも勘の鋭い秘書にも悟られないように、真澄は必死に平静を装った。
黒沼からの連絡を受けてからも、真澄の鼓動は知らず知らずに早くなっていた。
狭い車内で、うっかりするとマヤへと手を伸ばしそうになる。
片手で運転することが癖になっている真澄は、あえて両手でハンドルを握る。
「悪かったと思ってる。日頃から君が会社を気遣って行動していることは、マネージャーの雪村君からも聞いている」
「もういいです。仕方がないから冷血仕事虫の鬼社長に協力してあげます」
顔を背けて怒ったようにマヤがそういう。
嫌味を混ぜた喧嘩腰の物言が、酷く懐かしく彼女らしくて真澄の心は和んだ。
自然と頬が緩む。
「すまない。この借りは別の機会に返させてもらうよ」
「ええ、利子をたっぷりつけて返してもらうことにします」
「お手柔らかに頼むよ」
真澄は静かにマンションの前に車を横付けした。
大都芸能と契約する際に、会社からマヤに用意したマンションだ。
シートベルトを外しながらマヤを見やると、彼女は今にも眠りそうなほど閉じかけた目で、けれど何か言いたげに真澄を見上げている。
「一人で部屋に……入れなさそうだな」
やれやれと、溜息をつきながら面倒というような素振りで車から降りる。
助手席に回りドアを開けてやろうとして、中からマヤが下りてきた。
目を擦って首を振ると、おもむろに頭を下げた。
「送ってくださりありがとうございます。速水社長」
「ああ、それは構わないが、そんな調子で帰れるのか、チビちゃん?」
いつもの調子を取り戻してマヤをからかうようにそう呼んでみた。
予想通りにマヤがムッとして真澄を睨みつけた。
「余計なお世話です、ちゃんと自分で帰れますからご心配なく」
支えようとする真澄の手を押し返してマヤはマンションの玄関ホールへと向かう。
言い出すと聞かないマヤの性格をよく知る真澄は、案じながらも見守ることしかできない。
少しでも長く彼女の姿を見ていたい。
どんなに苦境に立たされても、決してマヤから救いの手を求めてくることはない。
恋人になど決してなることのできない己が、こんなときぐらい甘えて欲しいと思ってしまうのは、愛ゆえの身勝手さだと真澄は己を戒める。
湧き出る欲望に一つ一つ理由をつけて押し殺していると、千鳥足で歩いていたマヤが、ふらりと大きく揺らいだ。
真澄は慌てて駆け寄る。
妻帯者が一人住まいの女性の住むマンションに入れないとか、言い訳している場合ではなかった。
このまま一人でマンションに入らせても、部屋に着く前に意識を失って倒れないとも考えられない。
「大丈夫ですって」
あくまでもそう言い張るマヤを、真澄は問答無用で抱き上げた。
マヤが鞄から取り出していた鍵を預かると、それでマンションに入り、エレベーターに乗り込んだ。
上階のマヤの部屋へ辿り着くと、迷わず預かった鍵で玄関扉を開いて中へ入った。
靴を脱ぎ、入ってすぐのリビングの照明をつけた。
奥の部屋を覗いてベッドがあることを確認すると、シーツの上にマヤを横たえる。
真澄はほうっと息をつくとマヤから離れた。
「俺はすぐに帰るから、ゆっくり休みたまえ」
「はい、北島もう寝ます」
妙にテンションをあげてそう言ったマヤを振り返ると、彼女は上体を起こして右手を真っ直ぐに上げていた。
相変わらず瞼は重そうに閉じかけている。
下ろした手でブラウスのボタンを一つ二つと外しにかかる。
「な、君は何をやってるんだ」
しらふの真澄は大いに慌てた。
マヤはというと、手を止めることなくブラウスを脱いでしまう。
「何って、見れば分かるでしょ。パジャマに着替えるんです」
勘弁してくれよ、と真澄は泣きたい気持ちになりながら顔を戻した。
己の魅力に無自覚な天然娘のマヤを、このときほど真澄は恨めしく思ったことはなかっただろう。
恨み言の一つも言いたくなる。
「だからといって、俺がまだいるところで脱ぐやつがあるか」
「別にいいじゃないですか。どうせ、速水さんにとって私はいつまでも成長しないチビちゃんなんでしょ?」
「からかっただけだ。君がもう子供ではないことぐらい……」
ギシリと音を立て素足が床を踏み、衣服が擦れ合いながら落とされる。
真澄は話し続けられずに言葉を呑み込んだ。
脈拍が上昇する。振り返ることもその場から離れることもできない。
全神経を背後のマヤへと集中してしまう。
僅かな音も逃すまいと耳をそばたてる。
ひたひたとマヤが真澄の前にやってくる。
真澄は彼女の姿に瞳がこぼれんばかりに見開く。
マヤは何一つ身に纏ってはいなかった。
潤んだ熱い視線で、真澄の視線を奪ってしまう。
「だったら私を見てください。私はあなたのために大都と契約したんです。あなたの役に立てるなら、相手が藤咲さんだろうと桜小路君とだろうと付き合います。だけど、その前に私はあなたに女として認められたい」
まるで磁石のように真澄はマヤへと引き寄せられていく。
細い腕が真澄の首に絡められ、更に互いの顔が近づく。
「速水さん、愛しています」
瑞々しい果実のようにふっくらとした唇から漏れた囁きは、真澄の耳から彼の全身を甘く痺れさせていく。
もはや夢と現実の区別を失い、真澄は誘われるままに甘い果実の虜となっていく。




【NEXT】



1月17日付けでほんの少し加筆修正しました。
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